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タウン紙の草分け――メディアを通して人のつながりに貢献

1972(昭和47)年から東京・板橋区の高島平地区で発行されている月刊紙「高島平新聞」は、団地各戸に配布されるほか、付近の公共機関や商店などにも無料で設置され、2014(平成26)年現在の毎月の発行部数は22,500部に上ります。タウン紙の草分け的存在として発行してきた同紙は単なるタウン紙を超え、大規模団地を中心とした地域のコミュニティ形成に貢献してきました。そして、今もなお先進的な取り組みを行っています。

その他

まちづくりにタウン紙が一役

高島平新聞(中)

高島平地区に建設された高島平団地への入居がはじまったのが1972(昭和47)年1月から。その5月に高島平新聞が創刊され、最新号は2014(平成26)年11月15日付け第533号となります。

当初は団地新聞として発行していましたが、その後団地を中心として街が発展したため「高島平新聞」と題号を変更しました。現在、毎月1回15日発行(臨時号の発行もあり)、タブロイド版16ページ、オールカラー、22,500部。高島平地域(1丁目~9丁目)世帯の75%に配布されていますが、現在では高島平以外の地域から配布の要望もあるそうです。

新聞の創刊から手がける主幹は1972(昭和47)年、新築と同時に入居しました。「東洋一のマンモス団地」という鳴り物入りで開発されましたが、居住者はどこで何を売っているのかわからない状態で、戸惑っていました。

主幹はそれまで住んでいた千葉の大型団地で自治会の広報担当者として広報紙を発行した経験がありました。また、専門紙の編集者として現役のプロであったため、その経験を生かし、タウン紙として団地新聞を立ち上げたのでした。

「行政はハード(箱物)を作ってしまえば終わり。それをどうやって使うか。どうやって楽しい生活ができるか。まちづくりは個人が関心をもってもらうことが一番だと考え、メディアという形で一役買おうと考えました」と主幹は当時を振り返ります。

現在スタッフは10人。編集部は高島平在住の主婦が中心になって活躍。地域に係わる政治・経済の取材はもちろん、女性ならではの口コミ情報やコミュニティ情報、便利・お得情報など、本当に地元住民が必要としている情報の取材に努力しています。

サークル活動支援、公園のネーミング募集

高島平べんり帳

生活を楽しく、まちづくりに貢献するために新聞を生かしたのがサークル活動の支援です。

高島平地区には現在、150を超すサークルがありますが、1972(昭和47)年の入居当初は新住民ばかりで交流がありませんでした。そこで同年10月15日号の紙面で「サークルするものこの指とまれ!」という企画を行い、地域住民に呼びかけました。

そこに届いたスポーツ、カルチャーなどの応募をジャンルごとに分け、20人以上になったら日時を決めて集会所への集合を呼びかけます。当日、まずは高島平新聞スタッフが司会者となり、自己紹介を促しながら、定例会や会則の決め方など、きっかけづくりを行うのです。現在でもその時に誕生した多くのサークルが活動を続けているといいます。

次に地域の公園・広場・通りの名称変更を提唱。1977(昭和52)年6月号の紙面で名称募集を行いました。これに呼応して「高島平団地わが街へのネーミング実行委員会」が発足しました。当時、公団がつけた名称が「A地区」など、無機質だったのです。

「地域住民が地域に名前をつける」という試みから、また決定した名称の提案者には賞金も出ることもあり、団地住民から2,268件ものネーミングが集まりました。この時に決められた40カ所の名称は「さくら通り」「けやき通り」「お山の広場」「けやき広場」「おまわりさん通り」など今でも地域に浸透しています。

外国人留学生の入居

高島平新聞カフェ

高度成長期にはまちづくりが活性化していったとはいえ、築年も30年を超えたくらいからじわじわと街が変化していきます。空き家、人口減、高齢化、少子化――築40年を超えると、人口構成は中学生以下が5%未満なのに対し、55歳以上が47%と、極端な格差が生じてきました。8校あった小学校も2校が廃校です。

賃貸団地でも数百件の空きがあるなど、街の外観は大きくかわり、共存する商店にも打撃を与えるようになってきました。

2004(平成16)年、高島平1丁目に立地する大東文化大学環境創造学部と高島平新聞が共同で高島平再生プロジェクト委員会を設置しました。

当初URも反対していましたが、日本人と外国人学生がルームシェアし、大学が保証するという契約のもと、受け入れが決まりました。最大28人の外国人学生が団地に居住して「多世代共住・多文化共生力の育成」「座学(教室)と現場実践(団地)との有機的結合による講義・演習」に努めました。

こうした先進的な取り組みに情報を持つ地域のタウン紙が存在感を示したのです。

近年は大東文化大学のプロジェクトが終了。看護師見習いとして中国各地から日本にやってきて、近隣の国書日本語学校に通う中国人留学生が高島平団地に居住しています。現在は日本人のルームシェアなしでも入居可能で、2DKに2~3人で住めるようになりました。

高島平新聞の主幹が開くコミュニティカフェで、団地高齢者とのだんらんで日本語の上達が早く、国家試験の合格率も高いと聞きます。

高島平新聞が単なるタウン紙ではなく、メディアを通して地域や人のつながりに貢献している好例のひとつといえるでしょう。

概要(取材年月:2014年11月)
  • 建物名:高島平団地
  • 所在地:東京都板橋区
  • 階数 :5階建て(26棟)、11~14階建て(38棟)、合計64棟
  • 総戸数:10,170戸
  • 竣工年:1972(昭和47)年
  • 管理形態: -
  • 管理会社:JS日本総合住生活(株)、(株)中央ビル管理 等
  • 総会開催: -
  • 役員数 : -
  • 役員任期: -

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